こころの紋様 -ミニ説教-


〜 八万四千の法門ありとても 〜

―やさしい仏の教え―



 仏教には八万四千の法門があると言われ、また大自然が語る法身説法があるように、森羅万象の

すべてが仏の教えならざるものなしと言えるかも知れません。とはいえ仏教とは難解な漢文のお経に

代表されるように、古臭く難しいものであり、なぜか抹香臭さを感じて敬遠する人も少なくないようです。

 しかし、本来は仏の教えは実にやさしいものなのです。

仏教経典の中に七仏通戒の偈(げ)という短いお経があります。

諸悪莫作(しょあくまくさ)   もろもろの悪をなすこと莫れ

衆善奉行
(しゅぜんぶぎょう) おおくの善い行いをなせ

自浄其意
(じじょうごい)    自ら其の意を浄くせよ

是諸仏教
(ぜしょぶっきょう)  これがもろもろの仏の教えなり

 即ち「悪いことをしてはならない。多くの人々のために善行を積みなさい。そして自ら其の心を浄らか

にすることである。これが諸仏の教えである」と言うのですから、仏の教えとは決して難しいものでは

ないのです。八万四千の法門と言われる仏教も、簡単に言えば悪いことをするな、多くの善行功徳を

積んで、人が人として立派になり清浄心を身につけて、人格を向上させていくことが、仏・菩薩の世界

(悟りの世界)に至る道であり、其の方法と手段と理論が説かれているに過ぎないのです。

 つまり、人が仏の教えに従い、正しい生き方

(八正道として示されている @正見=正しく見る・正しい見解

 A正思惟=正しい考え B正語=正しい言葉 C正業=正しい行為

 D正命=正しい生活 E正精進=正しい努力 F正念=正しい思考

 G正定=正しい瞑想・禅定)の実践努力の中から心身ともに

清浄ならしめ、仏の世界に至るための道が仏道であるのです。その悟りへの道を目指して歩いていく

信仰であり、その信仰して行く日々の努力を精進と言うことなのです。
 
 経典を学び理解することも、仏教信仰においては大事なことですが、それ以上に日頃の信心の中の

祈りや拝みを通して冷静は浄化され、仏の智恵を頂気、生きる指針をつかみ、そして守られ、加護され

ていることを感得できてこそ、生きた信仰と言えるのです。生きた信仰とは、常に仏と共にあり、御仏の

救いと悟りを頂く体勢にあるということです。そこには自ずから喜びが生まれ感謝の心もわいてくること

なのです。そういう生きた信仰ゆえに、法身仏たる大自然の現象からでさえ味方され加護恩恵をより

うけることが出来るのだと思います。



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