〜一枚の貝殻は語る〜


少女の祈りを汲みて


玄界の海は夏の色から秋色へと変貌して、秋風は白波を呼び起こし始めました。名勝の「さつき松原」の

浜辺は黒潮の分流の終息地に当たるのか、南の島々から椰子の実や貝殻や異国の生活用具の漂着物が

打ち上げられることで知られています。 この浜辺は私の好きなジョギングコースです。我ながら少女っぽい

と思いながらも、珍しい貝殻や美しい桜貝に出会うと、胸を踊らせて拾い、宝物のように大事に寺に持ち帰り

ます。 そんなある日のジョギングのおり、一枚の白い貝殻が波打ち際の砂に埋もれていました。

名も知らぬ貝殻で手のひらよりも広く、真っ白で、私は胸を踊らせて拾い上げ、砂を払ってみると、何と

「ごめんなさい!」という文字がマジックペンで横書きされています。女の子のようです。中学生だろうか、

高校生だろうか。 純白の美しい貝がらですが、やはり人の思いが、封じ込められたようであまりいい気が

せず、一度は拾った貝ですが、すぐに元の浜へ捨てました。しかしその「ごめんなさい!」という少女の詫び

入る言葉が聞こえたような気がして、再びその貝殻をひろってかえることにしました。

人は誰でも一つや二つ、誰にも言えない秘密や心の傷を持っているのではないでしょうか。 


「ごめんなさい」と謝りたいけど、言うに言えないこだわりがあったり、

あるいはもう謝る相手がすでに、どこかへ行ってしまって伝えられない

事もあります。この少女も何か重大な過ちを犯したのでしょうか。

誰にも言えない。でも胸の中にしまっておくと良心の呵責で、胸が

うづいて痛い。誰かに打ち明けたいけど、やはり言えない胸のつかえ。

気は重く、沈む。


もうどうしようもなく、ただ一人浜辺お歩きながら、大きく無限に広がる大海原を眺めているうちに、ふと、

この大海原の波が我が胸の苦しみを、誰にも言えない秘め事を聞き取り、かき消してくれそうな、そんな

思いを、足もとにあった一枚の貝殻に託したのでしょう。「ごめんなさい!」の一言に少女の無量の想いが

込められているように感じました。 巡り合わせが因縁というものです。私はこの少女の思いと願いを汲み

取り、み仏に取り次ぎ、胸の苦しみと悩みを和らげてやりたいと、いづこの誰とも知れぬ一人の少女の幸せ

を祈りました。


祈りは声のない言葉です。その言葉は時空を超えて人の心にも、神仏の心にも届く不思議な力を
持った言葉なのです。自分の欲望や利益を離れて誰かが誰かの幸せを祈りあう。百万言を語るより、
ただ黙って心から祈るほうが雄弁であることもあります。一枚の白い貝殻の無言の言葉に、祈りを
持って応えてやろうと思いました。



最後までお読み頂いてありがとう御座います。

 ぜひご感想をお寄せ下さい。


E-MAIL ns@jyofukuji.com
 戻り