<今月の禅語>
〜朝日カルチャー「禅語教室」より〜 |
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最近の世の中は景気低迷の極にあって騒がしく、政府への不満と批判が渦を 巻く中にいよいよ総選挙となった。国民の民意はどこにあるのか。世の中は めまぐるしく動いてやまない。右に左にきょろきょろと、道を歩けば気も そぞろ、家にいてもそわそわと、動いてやまぬわが心である。座ってのんびり してられず、あくせく動いて働いて、忙しくしてりゃ気はまぎれるも、もっと もっとと欲がでて、イライラ、ギスギス、人の心を失いて満たされる時がない。 とかく世の中住みづらいと嘆き愁うる人あまたありで、またわが心である。 このごろの世の中、少々騒がしすぎて、忙しすぎて落ち着く暇もないようだが、 こんな時こそ「百年の愁いを忘却す」の心境を味わい培いたいものである。 |
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この語は「寒山詩」の「一餐霞子あり」の五言八句の後半の 四句の一節を禅の境涯にあてたものである。 幽澗(ゆうかん) 常に瀝々(れきれき) 高松 風はしゅうしゅう 其の中に半日坐すれば 百年の愁いを忘却す 一餐霞子とは霞を食って生きている一人の仙人という意味で、 俗生活を離れた山深く水音たえぬ谷川のほとり、飄々と風渡る 老松の下はもう脱塵の別世界である。ここに半日ほどものんびり 座っていると、百年のつのる人生の愁いのどはもうすっかり 忘れてしまうものだという趣旨の詩である。 |
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この詩の寒山というのは寒山という山に住みついてその寒山を名のった詩人の 名であるが、其の元の山の寒山というところは、他の詩にも見られるように本当 に寒くて、寂しく、人も簡単には訪ねて来れないような人跡未踏の場所のようで ある。しかしその寒山という人物は、そのような自然を心から愛し、ついには その自然と感応(一体化)した人物であったようで、この不便な所こそ、「貴ぶ べし」として其の境を好んだようだ。彼は街に住む我々が、余りにも便利さを |
求める余り、自然の素晴らしさや、自然の価値を理解していない ことを愁へてさえいるようだ。 だが、禅語としてのこの語の味わいは単に幽山渓谷の仙境で 優雅な生活を享受し、何の愁いもない生き方を賛美するだけの ものではない。誰もが仙人の住む環境にあって悠々自適のを 楽しむことは物質的にも現実的にも困難である。しかし、禅者は ここに心の持ち方、生き方においてこの「百年の愁いの忘却」 を奨め、たとえ、いかなる環境、十字街頭の雑踏、喧騒の中に いても境地にあっては仙境にいる如く松風を聞き、百年の愁い を忘却の思いの境地たるところにこの語の本旨がある。 |
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京都・大徳寺の開山大灯国師は修行を終え、悟後の修行としての聖体長養に おいて京都・五条の橋の下で乞食の人に紛れておられたという。そのときの 「坐禅せば四条五条の橋の上往き来の人を深山木に見て」と歌われたと伝え られているが、国師にとっては既に百年の愁いの忘却どころか、乞食の群れに ありながらもその愁いさえ初めから存在しなかったかも知れない。 |
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