<今月の禅語>    

   歩々是道場 (ほぼこれどうじょう)(趙州録)


 KBC朝日テレビの「朝はぽれぽれ」という福岡を拠点としたワイド番組があります。

ポレポレとはスワヒリ語の「のんびり」とか、「ゆったり」と言う意味だそうです。

朝日テレビでは毎年なのか「水と緑の物語キャンペーン」で八月四日より行う、二十五時間放送の

企画の中に「朝はポレポレ」の番組からレポーターの西田たかのり君が「二十五時間ぶらり道」と言う

テーマのもとに何処かを二十五時間歩き通すと言うのです。

 そこで、その決行に備え、二十五時間歩き通すには、体力と精神力が要るということから、

番組では彼に修養を命じました。
 まず体力づくりとしてボクシングジム入門、そして、精神面の

修養として座禅体験を選び、わが承福寺へやって来ました。

精神修行と言うより単なる番組づくりなのですが、一応座禅を

組んでもらいました。

そして、最後に、ディレクターより彼が二十五時間着て歩く

Tシャツに何か励ましになる禅の言葉を書いてほしいとシャツ

を広げました。

 そこで、ただ漫然と歩くのでなく、歩く一歩一歩に気を入れ、

心を入れて歩くべく「歩々是道場」の言葉を

書いて与えました。

この「歩々是道場」(趙州録)の語は、もとは維摩経の

中の維摩居士の言葉からきています。

あるとき、一人の修行者(光厳童子)が、喧騒の城下の街中を出て、閑静な修行に適した

場所を求めようとしていた時、向こうから城下に入ろうとする維摩居士に出会ったのです。

 そこで光厳童子は「どちらから来られましたか?」と訊ねましたところ「私は今、道場から来たんだよ」

と言う維摩の答えです。

「えっ、道場ですって?それは何処にあるんですか?」と光厳が問いかけた時、維摩が答えた言葉が

「直心是道場(じきしんこれどうじょう)」でした。

        

   KBCテレビ、レポーター西田たかのりは、坐禅を終えて「25時間ぶらり道」
   番組の中で募金行脚に向う(8月4日〜5日)


「直心」とは素直なと言うように、真っ直ぐで正しく、我見、我執のない無雑な心のことです。 

 便ち、直心であれば、何処にいても、そこがそのまま道場なんだよと言う言葉です。

 本山大徳寺のご開山さまの大燈国師は「座禅せば四条五条の

橋の上 ゆ往き来の人を深山木(みやまき)に見て」と歌っておられます。

開山さまは、修行によりお悟りを開かれましたが、しかし、さらに京の五条の橋の下で乞食の

仲間に入り、悟後の修行をなされたと言う話しは有名です。

今もそうですが、四条も五条も京都の繁華街、車も人も沢山の行き来があります。

その街中の橋の上で座禅しても、もう境地においてはそこが深山幽谷だと言われたのです。

このように修行は決して深山幽谷などの静閑清浄の場所だけとは限らないというのです。

街中の雑路であれ、満員電車の中であっても、心が純一、無雑の直心であれば、道場ならざる

ところなしなのです。

歩々是れ道場であり、何時でも、何処でも、何をしていようと、随処において主体性を失わず、

随処に主となっておれる境地を築いていきたいものです。



戻る